本多家上屋敷跡遊歩道(仮称)整備工事 2016.11

2016年12月14日建設中・開発中, 本多の森

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本多家上屋敷跡遊歩道(仮称)
本多公園から大乗寺坂にかけての区域は「加賀八家」本多家の屋敷跡であり、県立美術館裏の斜面緑地には上屋敷へ至る道跡とそれに付随する2基の石垣、石積み基礎の堀跡と門跡が残されています。
本多家上屋敷遊歩道はこれらの遺構を見学しながら歴史遺産にふれあえる空間として整備し、「美術の小径」や「緑の小径」と接続して本多町周辺の回遊性を向上させるものです。
(工事現場にあった張り紙より引用)

 

 

本多家とは

まず、加賀藩の直臣は、人持組頭、人持組、平士、足軽に大別されます。
人持組頭のなかでも最上級の藩士が8人いました。これが加賀八家と呼ばれる家柄です。
加賀藩の大名家老は、大名にも匹敵する禄高で、加賀八家でもトップクラスの禄高を誇っていたのが本多家です。
本多家は加賀藩の家臣で最高の石高(5万石)を有していました。これは、全国大名家臣の中でも最高の禄高でした。

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本多家の所有地(総面積)は上屋敷・中屋敷・下屋敷10万坪(300,000㎡)を超え、現在の「本多の森」「本多町」と呼ばれるあたり一帯は本多家の所有でした。(スケールが大きすぎて意味が分からないですね)
そこで、家臣だけで500人程度が暮らしていました。
ちなみに、
上屋敷→石川県立美術館、石川県立歴史博物館がある一帯
中屋敷→石川県立図書館、MRO北陸放送会館、鈴木大拙館がある一帯
下屋敷→石川県立工業高校、遊学館高校がある一帯
を指します。

 

 

 

話を戻します・・・

今回整備されるのは、小立野台地の上にあった上屋敷と、台地の下にあった中屋敷を結んでいた道を遊歩道として整備するものです。
本多家の家臣が行き来していた「通勤路」が遊歩道という形で復活するような感じです。

 

 

 

現在も小径が2つあります

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本多家の屋敷があった辺りは、上屋敷と中屋敷は県や市の公共施設に、下屋敷は住宅街になっています。
現在、
石川県立美術館・石川県立歴史博物館などと本多公園を結ぶ「美術の小径」
本多公園と鈴木大拙館・松風閣庭園を結ぶ「緑の小径」
の2本の小径が整備されています。

 

 

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美術の小径は、小立野台地の段丘崖に設けられた階段で、隣には辰巳用水が源流の滝が流れています。

 

 

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緑の小径は2011年に整備された遊歩道で、鈴木大拙館の開館と同時に供用されました。
小立野台地のへりを沿うように整備されています。

 

そして、今回整備されるのは、先ほどの図でいう、オレンジ色の「本多家上屋敷跡遊歩道(仮称)」です。

 

 

 

前置きが長くなりすぎましたが、工事の様子

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美術の小径を沿うように重機の搬入路が設けられていました。
周辺の植物への影響が最小限になるように鉄板がベタ置きでなく、高架橋(?)のような感じで、工夫されていました。

 

 

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美術の小径の中腹には、滝の落差を活用したマイクロ水力発電があり、ここが美術の小径と本多家上屋敷跡遊歩道(仮称)の分岐点になります。

 

 

 

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右へ行くと、美術の小径で今回整備している本多家上屋敷跡遊歩道(仮称)は、マイクロ発電の看板がある奥側に整備予定です。

 

 

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石川県立美術館側から見た様子です。
仮囲いがされています。
この辺りに接続されるようです。

 

 

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かつての本多家の石垣が見えます。
江戸時代は多くの本多家に仕える武士がここを行き来したのでしょう。
そういった思いを馳せながら散策することが出来る遊歩道になります。

「美術の小径」「緑の小径」ときたら、「歴史の小径」や「本多の小径」なんていう名前はどうでしょう?

また、完成したら散策してみたいですね。市街地がすぐそこにありながら、こういった自然林が多く残るエリアがあることが金沢の誇りではないでしょうか。